
今から20ン年前、私が当時住んでいた立川市は、米軍基地のある福生のとなりということもあってなんとなく異国の雑多な雰囲気のある町だった。
アメリカンハウスも多く、そこに住む画学生や作家も多くいた。…私の住んでいたアパートもなんとも不思議なところで、木造の建物で上下に上げ下げする縦窓があった。もちろんトイレは共同で汲み取り、流しも共同。お湯なんて出ない。
当時の私には壮大な夢があり、そのために英語をしゃべれるようになりたかった。…そこでアパートの近所にあった英会話教室の看板を見て安易に飛び込み、教えを請うた。
先生は女の方で、日本人。ご主人が福生の基地で働くアメリカ人だった。
週一回のレッスンで、どのぐらい続いたか覚えていないが、英語のレッスンよりもよく覚えているのがこの先生の家庭の雰囲気だ。
それは田舎育ちの私にとって、何もかもが珍しかった。まずご主人が帰宅すると先生は真っ先に「ハ〜ィ、〇〇(ご主人の名前)」と彼をハグし、キスをする(もちろん、口に)。キスシーンを生で見たことのないイモ学生の私はどういう顔をしたらよいのかわからず固まっていたと思う。
ご家族の会話はすべてアメリカン・イングリッシュ(日本語は使わない)。先生の爪は驚くほど長くて、いつも不思議な色のマニュキュアが施されている。…レッスンをしながら、よく爪の手入れもしていた。
「先生」ではなく、私のことは名前で呼んでね。とおっしゃるので私は彼女に呼びかける時Emi、と言わなければならなかった。西洋圏ではそれが当たり前なのだ、と思いつつもいつまで経っても慣れなかった。
彼女に「ホームパーティーにいらっしゃい」、と誘われてお邪魔したら、でっかいオーブンででっかい肉の塊を焼いていた。オレンジのいい香りがする牛ひれ肉のローストだった。
…そんな先生に作り方を教わったのがこの「コールスローサラダ」。
ケンタッキーのコールスローサラダが好きな私が、どう作っても同じ味にならない、と言うと教えてくれたのだ。
それからなんとなく、懐かしさもあって私がつくるコールスローはいつもこのやり方だ。
1.キャベツとニンジン適宜を好みに刻み(私は雑な千切り)大きめのボウルに入れる
2.1に塩を振り手でよくもむ
3.出てきた水気をぎゅぅーっと絞って捨てる
4.そこに酢、砂糖少々(これがポイント)、マヨネーズを入れ混ぜ合わせる
これでケンタッキー…じゃないアメリカンコールスローの出来上がり。
当時の「夢」はその後萎み、消失してしまったが、このアメリカン味のコールスローサラダを食べると、今はもう無いアパートの部屋、先生の顔、色々なことを鮮明な映像で思い出す。
夢いっぱいの10代の、思い出の味。