28年前のニックネーム



第一回松本市そば博覧会展示イラスト「そばと教育~寺子屋にて」

先の見えなかったページ物の仕事のゴールが見えてきた。
…というか、予想できるようになってきた。遥か彼方でも見えたらこっちのモンだ。
気の小さい私は、未知の仕事の場合、ゴールの目安が付かないうちは(何でもそうだが初めてみないと本当のゴールはわからない)仕事以外のことは何も手に付かない。…私の唯一の取り得は、「締め切り死守」だからだ。
ふだんイラストの仕事がほとんどの私、組モノはからっきしダメなのだ。時間がかかる。

そんな中にもかかわらず、昨日は地獄のような量の仕事をほったらかして、まっ昼間の3時から小学校の同級会に行ってきた。
急な集まりならドタキャン当然の状況だが、今回は会費制だし、行くしかあるまい。
会場は「萬来(ばんらい)」。駅前にある郷土料理の居酒屋だ(山賊焼き、馬刺しがおいしい)。
はたして今日は、このレッドゾーンを乗り越えられるだろうか。
呑んでしまったらお仕舞いなので(もう仕事なんてどうでもよくなっちゃう)、呑まないつもりで車で幹事である友人二人をひろいつつ松本駅前へ。

幹事二人と私を除いて、先生を含め今日集まる13人に会うのはは卒業以来、28年振りだ。
もうすでに店の前では、オンナの子(いやオバサンか…同じ歳だし)が一人待っていた。
「いや〜〜久しぶり〜!!」「わあ~ぜんぜん変わらないねぇ」と思わずお互い、昔のあだ名、いやニックネームで呼び合う。まあまあ、入ろう入ろう。

それにしても小学校の時のあだ名って今思うとトンでもないのが多かった。紹介したいが「センシティブなサイト」判定を食らう事間違いないので、とても、ここに書けない。
それらは今だったら小学校で問題にされて、おたよりなんか出ちゃって、話し合いなんかしちゃったりする位(深く考えれば)すごいあだ名だ。ちなみに私は名前をまんま訓読みして「ヤナコ」である。これも今はアウト判定だろう。
私の場合、当の本人は気にしていなかったらしい。…あまり記憶がないので、多分呼び名に関してそれほど嫌な思いはしていなかったと思う(インケンな私は嫌なことだったら絶対に覚えているはずなのだ)。

それはともかく。
誰なのかわからない友人もいるだろうな、いや殆どわからないんじゃ…と思っていたら、なんと女子は顔を見るなり、あだ名と同時に瞬時に誰かを思いだしたmたぶんお互いに。

瞬時にはわからなかったのは、男子だ。
もちろん「うへぇー、ぜんぜん変わらんジャン」という彼もいたのだが、「オレ、○○」と言われるまで殆どの男子が誰なんだかわからなかった。
変わるのは女のほうだと思っていたが、逆とは、…はて。
けれど話しているうちに、そしてお開きになって外で立ち話をしている時に「うわ〜男子も昔のまんまじゃん」と思うように。
あ、そういえばこういう表情をしたっけ。あのころもこんな風にしゃべってたっけ。こんなふうにただ立っていても落ち着きがない(失礼)ようなヤツだったっけ…
思い出すしぐさや顔つきがそのまんまなのだ。

まるで小学校のアルバムから抜け出した同級生としゃべっているような、タイムスリップしたような不思議な感覚。
うん、「人間は変わらない」。
少し言い換えれば、小学校の高学年の時にはもう、その人となりができあがっている(というか、見えている)のかもしれない。
そんなことはないでしょう…と思っていた私は昨日を境に考えを変えた。

私よりアタマ二つも小さかった男の子が、見上げるほど背が高くなっていても、社会的に地位ができていても、ちっちゃかった女の子がたくましいお母さんになって子供を何人産んでいても、あのころのままのコドモの姿がしっかり見えているんだもの。
私だってきっと、そうに違いない。

…と後ろ髪を思いっきり引かれながら一次会でさよならし、家に戻ってパソコンの前でヤケビールを呑みつつ仕事を広げて思うことは、
「ウチのムスメも時すでに遅しか…」これである。
もうじき5年生になる娘だが、この新しい私の考えでは「もうほとんどできあがりつつある」ということになる。

そうか、キミはこのまま行くか。そうだろうな…大人になったお前が想像できてなんだか笑ってしまうよ…。
てまだ小学校卒業もしてないんだし。
アホなこと考えてないで、仕事しよ。

…でもあまりの眠さとヤケビールの酔いも手伝って、その後結局2時過ぎにバタンキューしてしまい、今日は朝からフル回転でさすがにグロッキー…。
小学校時代に対してはネガティブな感情もある私、最初は緊張もしたし短い時間だったけれど、それでも楽しい同級会だった。


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