孝行をしたいときには親はなし
…という諺を最近ふとした拍子に思い浮かべてしまう、万年親不孝な私。
そんな私が意を決し、齢八十に限りなく近づかんとする父をMT2シーターの愛車の助手席に乗せ、信州の最南端を目指して一泊二日の旅に出た。
朝日に照らされ晴れやかな顔で私たちに手を振る北アルプスに暫しの別れを告げ、南アルプスの麓を目指し、安曇野インターから高速へ。

旅の目的地は南信州・遠山郷の長野県と静岡県の県境である青崩(あおくずれ)峠だ。
マラソンイベントの手伝いのために遠山に通うようになった私が、土日に面倒を見て貰っていた娘を迎えに行き土産話(だけ)で誤魔化していると、父が「青崩れ峠は一度歩いてみたかった所だなぁ」。
…えっと、それじゃあの、行きましょうか?一緒に。
免許は返上していないが、目や足腰が衰えて遠出が出来なくなった父。「遠山郷」にはかれこれ、20年前に旅したことがあるそうな。それは、狭く曲がりくねった山道に不安を感じながらの旅行だったそうだ。
今は10年ほど前に開通した矢筈トンネルのおかげで、松本から2時間半ほどで上村に入ってしまう。
私の遠山行きは、去年から数えて今回で三回目だ。
三回も来ていればさぞやあちこち回れていそうなものの、記憶に残る場所といえば遠山川、それも一部分のみ。何故か?
それは、イベントの言い出しっぺが釣り人であり、彼らが行くところと言えばコースと「遠山川」オンリーだったからである。
そして1日のうちに取材だけでなく挨拶やら会議やらのミッションをコンプリートせねばならず、私は『あああそこも是非行って見たかったとこじゃん!おおここも見てみたかったとこ…』と寄ってみたい「興味しんしんポイント」を恨めしげな横目で見ながらスルーしつつ、毎回忙しなく帰途についていたのである。

これまでにしたこともないことを突然すると大雨が降るとか言うけれども、高速道路から見上げる目的地上空はさわやかに晴れ、親不孝ムスメの旅の行方に雨雲を招かなかった南アルプスに感謝する。
さて、完全プライベート旅行の今回こそ私的チェックポイントを網羅するぞ。

霜月まつりが行われる、上町正八幡宮。

町並みに溶け込む、上町正八幡宮のたたずまい。それは日常に溶け込み、神様との敷居の低さが感じられる風景だ。

石段の横には見事な杉の木がある。
この杉は、どれほど長い年月、上町の人々とその祭りを見守ってきたのだろう…って杉の肌をしみじみと撫でている場合ではないぞ。
さあ次だ、上村の歴史と文化を学ぶべく上村伝承館へGO。

町筋は明るく、けれどひっそりとしている。
本の虫で館内のお面がレプリカであることを知っている父はいまひとつ気乗りがしない様子だったが、敷地内の古民家「ねぎや」を見るなり
「おおっ、これは20年前に泊まった下栗の宿とよく似てるぞ」と興味津々。

伝承館は貸し切りだった。
館長さんの話を伺いつつ、館内をじっくりと見て歩く。
「写真は撮ってもよろしいでしょうか?」と了解を得て、私達のほかには誰も居ないのを良いことにフラッシュを炊かずにシャッターを押し続ける。

山岳信仰や山の民衆文化にとても興味がある私。
実際に人が手で触れ、暮らしの中で使われてきたこんなものを見ると、いろいろな想像が膨らむ。

そして民具も着物もガラスケースに入っていない所がまた、良い。

山ばかりのジオラマも面白い。
この険しい山中に、よくぞこれほどの集落が発展したものである。古くから物流に、戦国時代は進軍にと、ここ秋葉街道は交通の要だったのだ。そして今日の宿は静岡へ向かうその秋葉街道沿い、長野県の最南端に近い八重河内だ。

あっ、こんなところに私が作ったポスターが!!遠山郷各所に貼るとは言われていたが、こうして実際に目にするとやっぱり嬉しいな。
館長さんと記念撮影。
ウエブサイトも作って募集したら参加者も順調に集まり、ホッとしている。
館長さんにお礼を言って上町を後にする。
父の旅の目的はひとつだけ、青崩峠を歩くことのみ。今日の宿は八重河内なので、峠歩きは明日の朝にしてある。
宿に入るまで、時間はたっぷり。
という訳で「せっかくだからさ。下栗、登ってみようよ~」と、看板にしたがって左折して「下栗の里」へ。


途中寄り道をしてシャッターを押しながら、山道を登る。

下栗は幾度か通ったが、軽自動車でも狭く感じる急勾配・急カーブの九十九折れが続く。
歩いた方が早いんではないか…という速度で車を走らせ、その車を避けて道に立ち止まるおばあさんに「あ、どうもすみません、こんにちは」と私達は頭を下げながらゆっくりと登ってゆく。
下栗集落の九十九折れは有名で、あちこちのHPやガイドブック、観光パンフレットにも、そして全国版の地図にも「日本のチロル」などと紹介されている。
急斜度と見おろす真下の遠山川の遠さ、目線にある霧が立つ重なる山々、そしてその向こうの南アルプス…この空気、この景色の特異さはやはりこの場所に立ってみないとわからない。
シーズン前でまだ営業していない「ばんば亭」の駐車場に車を入れて、よくガイドブックに出てくる撮影ポイント・「斜面に立つ空き家と南アルプス」を撮影。

ここ下栗も、奥に発電所が出来たとき道も舗装されてだいぶ良くなったそうだ。家々の間には、ちょうど下栗名物・「二度芋」の植え付けが始まったであろう急斜面の畑が点在している。
立って鍬を振るうのも大変な苦労だろうな、と感心しながら早春の下栗の風景を父と無言で眺める。

あっ、なんと下栗にも私が作ったポスターが!w
下栗もマラソンコースに入っているけど歩くだけでもキツイ道だよ?
父の反応を見ていると、20年前と比べても集落の雰囲気はあまり変わっていないようだ。当時泊まったと言う宿は今は閉じられてしまったらしいが、探そうとしても父の記憶が古すぎて、場所がわからない。
しばらく景色を眺めながらのんびり休憩して、下栗を下る。せっかくだから遠山川も見てもらおう。
「ちょっと、行ける所まで行ってみようか。心配ならすぐに戻るから」
行ける所と言えば南アルプスの登山口、聖光小屋までは車で行けるのだが、この道、そのまんま石槍や石ナイフになりそうな、とんがった落石がけっこう多いのである。
そして道の上にあるということは、あたりまえだが上から落ちて来た、と言うことだ。
車の窓を半分ほど開けて(全開はなんとなく怖いから)落石の前触れの音を聞く覚悟を決めて走らねばならない。
…とカッコ良いことを心の中で言ってみたところで、中年女と爺の二人連れでは、なんとも心もとないのである。
内心冷や汗をかきながらも車は落石を避けつつ奥へと進む。思ったとおり、道にはけっこう…と言うのか普通に…と言うのか、落石がある。
過去三回の来遠時は、山と川のルートは常に誰かしらの車に同乗していたのでさほど不安はなかったが、最もテクニックに信用の無い私の運転である。
そこで覚悟を決めて…じゃない、あっさり諦めてコスマ橋でUターンすることに。
せっかくだから川を覗いていこう。水の色はまだ冬の色だ。
前回の来遠では川などじっくりと見たことのないであろう父、じっと見下ろしている。

落石が多いとは言え、この道は立派な舗装路だ。発電のためのダムが作られたときに整備された道…ダムができれば当然景観も河川環境もがらりと変わるが、そのおかげにこうして私のようなものでもここまで入ることが出来る。

景色を堪能しつつ、道中また寄り道。

父が、ノートになにやら書いている。
『落石に命縮めど水清し晴れやかに神の山見ゆる彼岸かな』

川沿いに数件の集落が寄り添う所へ車を向ける。
奥深い山中に滔々と流れる遠山川は、山を越えた向こうに海があることを思い出させる。
透明な川面に、きらきらと日の光が遊んでいる。

山肌にはぽつぽつと、スミレが咲きだしていた。
記録に残っている限りでも3百年あまり以前から氾濫を繰り返して来た遠山川には、遠く寛政の昔から治水・砂防工事の歴史がある。
今も次々と作られ、計画が進められる砂防ダムは、遠山地域が生きて行くための重要な産業ともなっている。
遠山川には今三つの電力ダムがあり、作られた電力は遠い街へと送られる。
ダムの建設に伴い激変したであろうこの山と川の景観、その建設のため過酷な労力の殆どを担った戦中日本の統治下にあった人たちの言葉にならなかった叫び、それらを全部呑みこんで今も川は流れている。

「さあ、行くぞ。」と父の声で現実に引き戻される。
…なんだかおなかがすいたなあ、と思ったら時計はもう昼の12時近い。
さあ、お昼ご飯には和田の町でお好きな蕎麦でもいかが?お昼の後はどこに行こうか?
そうだ、小嵐神社なんてどう?木沢の集落の人たちがずっと昔から守っている歴史ある神社なんだって、前来た時にね木沢小学校で山の会の人に名刺渡したら自営業なら行けって言われてさ、いやー名刺はカッコつけてますけど実のところ下請けいや孫請けでしてって言ったんだけどいいから是非行って見ろって、そこは木沢の人たちが守ってる神社で、山の上にあって、赤い鳥居がいっぱいあっるんだって、そこが…え?なに?
喋ってないで運転に集中しろ?
…ハイ、ハイ。 (・・・そのⅡへ続く)